「霊やあの世を信じない人がいるのは、
なぜですか?」
そう聞かれて、ある人はこう答えました。
「信じないでいられる人は、
この世では幸せな人。
でも、病気や死、どうにもならない苦しみに直面した人にとっては、こういう考え方が救いになることもある」
信じない人を否定せず、信じる人も笑わない。
スピリチュアルを「哲学」として語る、
その姿勢に多くの人がうなずきました。
苦しいときに、支えになった人がいる
大切な人を亡くして、死を受け入れられなかった人
病気で、自分の死を身近に感じた人
子どもの頃から「なぜ生きているんだろう」と考え続けてきた人
「この考え方がなければ、生きてこられなかった」
そんな声がたくさんあります。
人は、心が限界に近いときほど、生きる意味を探します。
それは弱さではなく、生きようとする力です。
でも、「信じない=幸せ」とは限らない
一方で、こんな声もあります。
「苦しいけれど、信じられない」
「信じられたらどれほど楽か」
「本当につらいときは、どんな言葉も響かなかった」
その通りだと思います。
苦しみの中にいても、信じない人はいる。
信じていても、救われない夜はある。
心に少し余裕がないと、受け取れない言葉もあるんです。
信じるかどうかで、その人の苦しみの深さは測れません。
大切なのは「信じるか」より「支えになるか」
あの世があるかどうかは、誰にもわかりません。
でも、
「この考え方で、少し心が軽くなる」
「明日も生きてみようと思える」
それなら、その人にとっては意味のあるものです。
逆に、信じなくても、自分の力や家族、仕事、趣味を支えに生きている人もいます。それも一つの強さです。
心の拠り所は、人それぞれでいい。
ただし、気をつけてほしいこと
苦しいときほど、人は何かにすがりたくなります。
その気持ちにつけ込んで、高いお金を求めたり、不安をあおったりする人がいるのも事実です。
「これを買えば救われる」
「あなたは特別だから、ここに参加しなさい」
「信じないと不幸になる」
こういう言葉には、立ち止まってください。
本当にあなたを支える考え方は、あなたを縛ったり、お金を奪ったりしません。

